はじめまして。
何かのご縁、きっかけでこのブログを見つけてくださったこと
もしくは、自らの手で検索をして見つけてくださっていまここにいること。
嬉しく思います。
ありがとうございます。
ここにいていいんだと思える場所が、
物理的にも心理的にもなかったひとりの人間の
目を閉じたくなるほど醜くて、救いようがなくてけれども
どうにかこうにかもがきながら生きている一生を誰の目も気にせず綴っていこうと思います。
アダルトチルドレン、PTSD、パニック障害、強迫障害、抑うつ、ネグレクト
どれも当てはまるけどどれもしっくりこない。
そんな一人間のお話です。
1996年に産まれて
物心ついた頃の記憶はすべて
「産まなきゃよかった」「めんどくさい」「医師に吸った方がいいって言われたから吸ってんだよ」等々の言葉
と
自分の思い通りにならないとマンションの隣室、階下にまで聞こえる叫び声
もしくは
家中に飛んでくる家具、テーブル、キッチンカウンターの上にある小物
自分のボルテージをドアを閉める大きさで体現する行為、舌打ち
物心ついた頃の中で1番古いであろう記憶は
どこかの警察署のブースで戸籍上の母と座っている風景
そして、そこに戸籍上の父が迎えに来た風景
これは、22歳まで夢だと思い込ませていました。
なぜならこの夢の話をすると、誰もが口閉ざすか上記のように家中に暴言、罵言、小物が飛んでくるから。
私以外の家族で隠し通された「私を産んだことで精神がおかしくなり、当時住んでいるマンションの植木に放火未遂をした」という事実を知れる22歳まで。
こんなのまだまだかわいいもんなのかもしれない。目に見えない“心”に深い傷を負っただけで身体は傷を負ってないだけましだし、
こんなことどこの家族にも日常茶飯事で起きていたのかもしれない。
でもね。
“私”というひとりの人間には耐えられなかった
怒鳴られると震えが止まらない、吃音というかしゃっくりのような嗚咽が止まらなくなり言葉を発せない状況になり、それでもなんか文句あるなら言えよと追いうちをかけるように降り注がれる言葉たち。ひどい時は、危険信号かのように身体に痺れが発生して。
悔しいよ。悔しい。悔しいけど逃げるしかない、止まらない嗚咽を止めて通常の心拍数に戻すために。空気を吸うために。
このブログで、どう?わたし、かわいそうでしょう?悲惨でしょう?と自慢したいわけでも、同情を誘いたいわけでもありません。
そっかそっか大変だったねと傾聴してほしいわけでもありません。
ただ、同じような境遇の人でも過去の生い立ちと共生しながら生きている人がいると知れること、繋がれること、このサイトが私や誰かにとって【居場所】になるならそれはもう、嬉しい限りです。
こんな切なく、荒んで、悲惨な生い立ちは
いくらプリの落書きにウチら心友と書ける友人でも明かせなかったのです。
どうしたって暗くなるから。
毒親の話なんてできなかった。
いま、進行形で誰にも話せずにもがいている人も過去にそう出会った人も
心の拠り所になれるならそれはとても幸せなことです。
私は、死ねなかった側の人間なので「これから」を生きるために
今までを整理して、リリースすることで少しずつ前に進みたいというのと
なかなかに悲惨だけど、それでもあがきながらもがきながら、ちゃんと生きたよという証を残したいのです。
なのでその手段としてブログを残したいと思いはじめ、その想いが消えなかったのではじめました。
本サイトの由来だったり、ロゴだったりの説明はまた後日。
ここまで読んでくださった方がいるならありがとうございます。
私も含めみんなが日が当たるあったかいところで、笑えているといいな。
それでは、また。
Lulu.
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